人生とは、ただの記憶遊び――人間関係を捨てた先に見えたもの

濃紺の公園を一人で歩く男性と、背後に薄れていく過去の記憶 生存戦略

ここ数年、わたしは人間関係を断捨離してきた。今年は、長年ときどき連絡を取り、近況を報告し合っていた相手もブロックした。

嫌なことをされたからではない。今、自分がやっていることに没頭したかったからである。

もともと日常では誰とも接点がなく、連絡が来ても頻繁に会うわけではなかった。それなら、そこまでする必要はないとも言える。わたし自身、そう思っていた部分もある。

ところが、もう連絡を取らないと決めてみると、それまで気づいていなかった負担が見えた。

会っていない間にも、わたしはその相手に見せる人生を、どこかで準備していたのである。

いつか再会するときの、自分を準備していた

心のどこかには、すべてが落ち着き、またいい感じの人生になったら再会しよう、という思いが残っていた。そのときには、お互いの近況を報告し合うことになるだろう。

会っていない間に何をしていたのか。どんな結果が出たのか。これから何をするつもりなのか。

以前のわたしは、そういう話をすることに意味を感じていた。今こんなことを計画していて、このまま進めばかなり面白いことになる。そんな説明もしていたと思う。

嘘でも強がりでもない。本当にそう思っていたから話していたし、相手にも、心のどこかで何かしらの変化や進歩を求めていた。

過去を共有している相手と、それぞれの人生の続きを見せ合う。それが自然な楽しみになっていた。

思い返せば、夢を追い、いくつか叶えてきた過程にも、知人や友人、家族の存在がいつもあった。結果が出たら、あいつにも話したい。家族にも知らせたい。そういう気持ちが、頑張る燃料になっていた部分もある。

ただ、その相手がいるからこそ、結果を出すことが自分だけの話ではなくなる。夢を叶える楽しみと一緒に、人生の重さや深刻さまで増えていたのだと思う。

以前なら、これからまたうまくいったときにも、昔の友人や家族に報告したかっただろう。自分だけで喜ぶのとは違う価値を、そこに感じていたはずだ。

今は、その気持ちがほとんどない。成功したくなくなったのではなく、それを昔の知り合いに知らせることへ、以前ほど意味を感じなくなった。だからこそ、いつか再会するという思いまで捨てられたのかもしれない。

計画への確信がなくなったわけではない。今やっていることは、自分の中では面白いし、続ける理由もある。それを誰かへ伝え、納得してもらう必要がなくなったのである。

「無限の波紋」も、何年もかけて進めるつもりのプロジェクトだ。「まだやっているのか」「どこまで進んだのか」という問いに備えて、報告できる結果を用意しなくていい。

書きたいことをブログに残すのと、昔の知人に見せるための近況を用意するのは、わたしの中では違う。前者は今やりたいことだが、後者には、再会したときに自分がどう見えるかという別の都合が混ざる。

誰にも説明しなくていいなら、途中のままでも、何年でも続けられる。

実際の付き合いに時間を取られていたわけではないからこそ、その負担には気づかなかった。「いつかまた会う」という予定をなくして、初めて、会っていない相手まで自分の中にいたことが分かった。

自分だけなら、それで済むはずの生活

正確に言えば、親と兄弟だけは今も連絡を取れる状態になっている。ただ、最近は何かを聞かれても細かい近況は話さず、「元気です」とだけ返信するようになった。

無事であることは伝える。でも、計画や人生の進み具合までは説明しない。それだけでも、感覚はだいぶ違った。

振り返れば、いつの頃からか「天涯孤独」に強い憧れを抱いていた。「親に迷惑をかけない」というルールが、自分の中では絶対的なものになっていたからだと思う。

「最大の親不孝は、親より先に死ぬことだ」

よく聞く言葉で、わたしもある意味、無条件に受け入れていた。しかし今考えると、これもなんだか馬鹿馬鹿しい。

誰が先に死ぬかなど、こちらが決められることではない。気をつけて暮らしていても、順番までは保証できない。それなのに、親より先に死んではいけないという条件まで、心のどこかで背負っていた。

親が悲しむだろうという想像はできる。ただ、その想像を、自分の人生で絶対に守るべきルールにする必要があるのだろうか。

もう成人した大人である。自分で生き、いつか死ぬ。その順番まで、親への義務として背負わなくていい。

勝手に生きて、勝手に死ねる人生。

誰にも長生きを保証せず、死ぬ順番まで気にしなくていい。そのことに、どうしようもなく自由を感じてしまう自分がいる。

以前は、何を選ぶときにも、自分がどうなるかだけでは済まなかった。それが親にどう伝わり、何を心配されるかまで考えていた。犯罪を犯す気などさらさらないが、冤罪も含め、運悪く罪に問われたらと想像するときにも、気になるのは親に伝わったあとのことだった。

自分が置かれた状況に対処するだけでも面倒なのに、その説明や心配への対応までついてくる。それがうっとうしかった。

一方で、親兄弟がいても、そんなことをほとんど気にしていないように見える人もいる。好きなことをして、周囲を驚かせながら、まるで天涯孤独であるかのように破天荒に生きている。

あの図太さには憧れる。家族がいても、自分は自分だと割り切って生きられるなら、それが一番手っ取り早い。

ただ、わたしにはそれができない。気にしなくていいと頭で考えても、何かを選ぶときには親への影響が浮かんでくる。だから、気にしない人間になろうとするより、関わりそのものを減らす方へ進んだ。

今、わたしには四百万円以上の借金がある。もし返済がどうにもならなくなり、自己破産をして、生活保護を受けながら暮らすことになったら。そんな可能性を想像することもある。

もし天涯孤独なら、わたしはそういう生活さえ、シンプルに楽しめる気がした。その状況になった自分が、そこで暮らしていくだけである。

ところが、親や兄弟を思い浮かべると、同じ生活に急に重さが加わる。

「あいつは、とうとうそんなことになったのか」

そう受け止められることまで、こちらの想像に入ってくる。実際に何を言われるかは分からないのに、家族が知っている昔の自分と、今の自分をつなげて考えてしまう。

自分だけなら楽しめそうな生活が、誰かに伝わる生活になると重くなる。暮らしの条件は同じなのに、そこに加わる意味が違うのである。

だから、今後わたしが、親の葬式にすら行かないという選択をしていても、特に驚かないだろう。家族なのだから当然こうする、という決まりから離れた先に、わたしは自由を感じている。

禿げ散らかしたおっさんは、落ちぶれた人間なのか

極端な例を出せば、今後わたしの前歯がなくなり、禿げ散らかし、豚のように太っていたとしても、昔の知人にその姿を見せる必要がなければ、話はかなり単純になる。

そういう外見のおっさんが、そこにいる。

もちろん、歯がなくて食べづらければ困るし、身体が重ければ動きづらい。ただ、それと「昔はあんな人だったのに、こんなに落ちぶれた」という話は別である。

落ちぶれたと判定するには、比較するための過去が必要になる。

これは、外見だけの話ではない。同じ部屋で同じ食事をしていても、昔より豊かになったと思えばうれしく、昔より貧しくなったと思えば惨めになる。

部屋も食事も同じなのに、一方では成功で、もう一方では転落になる。目の前にある生活だけを見ているのではなく、記憶との比較によって、その生活を評価しているからだ。

わたしは以前、音楽や営業で結果を出し、ブログでも収入を得ていた。そこから現在の配達生活を見るなら、いくらでも転落の物語は作れる。その経緯は、Episode 0にも書いている。

しかし、今日のわたしが実際に経験しているのは、その経歴ではない。自転車を漕ぎ、仕事をし、飯を食い、文章や小説を作っている生活である。

昔より立派かどうかを確認しなくても、その中に面白さや幸福はある。

借金や痛みがあっても、同じことを考える

ここまで来ると、借金や身体の痛み、生活上の制約についても、同じように見えてくる。

借金があることは事実である。支払いもあるし、使える金も制限される。それでも、わたしは今日の生活を普通に送れている。働き、飯を食い、面白いことをして眠る。それを楽しむことまで、借金があるからできなくなるわけではない。

そこに「借金を抱えた人生は失敗だ」という判定を加えると、今日やっていることとは別に、人生全体が駄目なものになる。

身体に痛みがある場合も、痛いという感覚はその瞬間にある。しかし、「以前はこんな身体ではなかった」「こんなはずではなかった」という記憶が加われば、痛みに加えて、健康だった自分を失ったという物語まで始まる。

痛みがあることと、その身体で生きる人生を不幸だと判定することは、同じではない。

生活の制約もそうだ。以前は選べたことが選べなくなると、不自由になったと感じる。けれど、最初からその条件の中で暮らしていた人にとっては、それが日常であり、失った自由とは限らない。

不便も苦痛もあり得る。それでも、「本来あるべき人生より劣っている」という評価まで、条件そのものの中に入っているわけではない。

その評価をするためには、以前の生活や、他人の暮らしや、こうあるべきだと覚えた基準を持ち出す必要がある。

そう考えると、わたしが「人生」と呼んで深刻に扱っていたものは、いったい何だったのだろう。

今ある感覚に、過去や他人との比較を重ね、成功だ、失敗だ、幸福だ、不幸だと名前をつける。そうやってつけた評価を、今日の生活そのものだと思っていたのではないか。

その採点基準は、どこで覚えたのか

しかも、比較の基準を自分で選んだとは限らない。

どれくらい稼ぎ、どんな仕事に就き、何歳までに何を持っていれば立派なのか。生きているうちに聞かされ、繰り返し見せられたものを覚え込み、それを自分の基準として使っている。

わたしが「洗脳」と呼びたくなるのは、この仕組みだ。

今、生活できていて、面白いこともある。それなのに、覚え込んだ基準を持ち出し、自分の人生は不幸だと判定する。考えてみれば、ずいぶん馬鹿げたことをしている。

未来についても、過去の失敗や失ったものの記憶を使って、まだ起きていない出来事を組み立てる。そして、その想像の中で先に苦しむ。

気がかりなことが一つでも残っていたら幸福を認めてはいけない、という採点まで始めたら、いつまでたっても合格できない。

目の前に片づけることがあるなら片づければいい。収入を増やしたければ、そのために動けばいい。痛みがあれば、それに対処する。

ただ、それをするために、「だから今の自分は駄目だ」「だから人生は不幸だ」という話まで必要なのだろうか。

COREでも、現実の問題と、頭の中で作られる悩みを分けている。今回、人間関係を手放してみて、その悩みの中に、記憶を使った人生の採点がどれほど入り込んでいたかを実感した。

捨てればいい。その選択ができないときもある

ただ、こうして人との関係を減らせたことには、今の自分の状態も関係していると思う。

わたしが「無限モード」と呼んでいる状態では、人生がものすごくシンプルになる。何が負担になっていて、何を変えればもっと楽しめるのかが見え、それを選ぶときの躊躇も小さくなる。

「でも、親には悪いかもしれない」「昔からの友人なのに、そんなことをしていいのか」。以前なら続いていた迷いが、そこで止まる。

しかし、「普通モード」や「破滅モード」のわたしには、それが難しい。同じ状況を見ても、捨てることも、気にしないこともできない。理屈では分かっていても、「でも……」が終わらない。

一つずつなら対処できそうなことまで重なり、全部が面倒になる。そこから、生きていること自体が重く感じられる。そんな連鎖もあるように思う。

「そんなに嫌なら、捨ててしまえばいい」

外からなら簡単に言える。しかし、その選択をすること自体が、本人にはどうしても難しい。

「死にたい」と感じている人の中にも、何かをやめたり、誰かの期待から離れたりする選択が見えなくなっている人がいるのではないか。

家族や友人がいて、金もある。それでも、その生活を本人が軽く感じられるとは限らない。周囲から恵まれて見えることと、本人がどう生きているかは別なのだろう。

もちろん、これで誰かが命を絶った理由が分かったとは思わない。人間関係を切れば誰でも楽になる、という話でもない。誰かと話すことで、今は見えない選択肢が見つかる場合もあるだろう。

今のわたしが簡単に選べることを、以前のわたしは選べなかった。だから、「捨てればいいのに」とだけは言えない。

記憶は残っているのに、解放されたように感じる

わたしは、最初からこんなことを理解して人間関係を切ったわけではない。今やっていることに没頭したくて、説明や報告をしなくなり、再会への思いまで手放した。

その結果、誰にも何かを証明しなくていい世界を知った。

記憶を消したわけではない。昔のことは今も覚えている。

ただ、その記憶を共有する相手と離れ、いつか再会するという予定までなくなると、昔の自分に今の自分をつなげて見せる必要がなくなった。

過去を覚えていても、その続きを誰かに報告するために生きなくていい。これは記憶を失うこととは違う。それでも、人との関係を手放すことで、記憶から解放されるような体験を、間接的にしているのかもしれない。

出版予定の『孤独ゆえの自由』でも、人との関係から離れることで何が自由になるのかを書こうとしている。今回気づいたのは、会う時間や連絡の手間だけではなかった。

昔の自分を知る人に、人生の続きを見せなくてよくなること。それも、わたしにとっては大きな自由だった。

記憶そのものは残っていても、以前より立派になった自分で再会するという予定はなくなった。良い近況を報告するための結果も、用意しなくていい。

今、自分が面白いと思うことをやっている。それが何年後にどんな形になるかも、途中のまま自分で見ていけばいい。

そこから振り返ると、人生だと思って背負っていたものの随分多くが、記憶遊びだったように見える。

今日も借金はある。それでも、わたしは自分のやっていることに没頭している。

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