今日書いた「13時間稼働が背景へ回り、文章が主役になった日」で、13時間の稼働枠を作って働いているのに、以前より疲れなくなったという話を書いた。
仕事を終えたあとにも文章が書ける。むしろ、配達が一日の主役ではなくなり、考えたり書いたりする時間の方が前へ出てきた。
そこまで書いたあと、もう一つ考えた。
なぜ、これが今、この状況で起きたのだろう。
後がなかったから、身体を見続けた
もし、すでに金にも時間にも余裕のある状態で同じ変化に出会っていたら、たぶん「最近、調子がいいな」くらいで終わっていたと思う。
多少崩れても生活は続く。食事を変えて合わなければ、やめればいい。今ほど必死に、何を食べた日に疲れ、何を外した日に身体が軽くなったのかを見続けることもなかっただろう。
だが、今のわたしには約455万円の借金がある。その返済と生活費のために、自転車で長時間動き続けなければならない。
13時間ずっと自転車を漕いでいるわけではない。それでも、その枠の中で仕事と休憩を繰り返し、翌日もまた動ける状態を作る必要があった。
だから酒をやめ、一日一食を続け、主食を外し、肉の調理法まで変えた。身体がどう反応するかを見ながら、良かったものだけを残していった。
今のところ、最も大きな心当たりは、低温調理へ切り替えたことである。実際、それを境に疲労感が大きく変わった。
疲れが減れば、同じ13時間でも中身が変わる。配達後に文章を書ける。翌日まで疲労を引きずらない。借金返済のために作った一日が、そのまま創作の時間まで含むようになった。
単に生活が少し快適になったのではない。これまで何とか耐えていた一日の使い方が、丸ごと変わり始めていた。
昔のわたしは、わざと退路を壊した
ここまで考えて、Episode 0に書いた、意図的に借金を増やした頃のことを思い出した。
あの頃のわたしは人生に飽ききっていて、動くことも死ぬこともできない、中途半端な状態にいた。
そこで、「自分が動けないのは、本気で困っていないからではないか」と考えた。返さなければならない金を背後に置き、逃げ場を壊せば、生存本能が働くのではないかと思ったのである。
それでカードローンやリボ払いを使い、意図的に借金を増やした。
今から考えても、かなり危ない賭けだった。借金を作れば誰でも立ち直れる、などという話ではない。そのまま潰れていた可能性も普通にあるし、他人に勧める気もない。
ただ、わたしの場合は、その危機からCBSの原型が生まれた。大きすぎる問題を、今すぐできる小さな作業まで分解し、一つずつ処理するようになった。
その延長で倉庫や清掃の仕事を始め、やがて自転車のフードデリバリーへ移った。身体を動かすことで頭の中が静かになり、食事や睡眠まで含めて、自分の状態を観察するようになった。
昔のわたしが狙っていたのは、危機感で生存本能を叩き起こすことだった。
まさかそれが、何年もかけて身体の使い方や食事へつながり、最後には「長時間働いても、まだ文章を書きたい」と思える状態を作るとは想像していなかった。
借金は減っていない。それでも、作戦は動いていた
断っておくと、借金はまだほとんど減っていない。
何かが解決したわけではない。数字だけを見れば、昔のわたしが作った問題は、そのまま残っている。
それでも、以前とはまったく違う。
朝から身体が重く、何をするにも面倒で、酒を飲んで一日を潰していた頃から、長時間身体を動かしたあとにも文章を書きたくなるところまで来た。
借金を返すために始めた仕事から、身体の状態を整える必要が生まれた。その過程で選んだ習慣によって、借金とは別のところで生活全体が変わってしまった。
意図的に自分を追い込んだあの判断が、巡り巡って、まったく想定していなかった場所から効いてきた。
借金は、まだ何も終わっていない。
だが、なぜか今、勝った気になっている自分がいる。
おい、昔の俺。
まだ何も片付いてないけど、なんか、もうこれでよかった気がしてきたぞ。


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