借金は455万円。非電動のママチャリでフードデリバリーをし、その日の生活費と返済原資を稼いでいる。
この姿だけを見れば、不憫に思う人もいるだろう。だが、わたし自身は以前より今の方がはるかに幸福である。
そうなれた理由の一つが、断酒、食事、調理、肉体労働を組み合わせ、「考え込む前に身体が動く生活」を作ったことだ。
根性で自分を追い立てるのではなく、できるだけ根性を使わずに済むよう、身体の条件を変えてきた。
このページには、現在のわたしが実践している六つの習慣と、それらがどうつながっているのかをまとめておく。今後、効果が薄れたり、考えが変わったり、別の方法へ移ったりした場合も、その経過をここへ残していく。
1.断酒
何をしているか:アルコールを一切飲まない。
わたしは本来、酒が好きである。
友人と過ごすときには、考えてみればいつも酒があった。人と話し、距離を縮めるうえでも、酒はかなり重要な道具だった。
手痛い失敗は、一度や二度ではない。それでも飲み続けた。人生から切り離して考えたことがないほど、酒はいつもそばにあった。
同時に、酒が自分のパフォーマンスを落とすことも、よく分かっていた。
それでも、「人生は楽しまないと」という絶対的な言い訳に押し切られ、やめることなく飲み続けた。
だが、成功や自由を得ても幸福が続かなかった経験を経て、刹那的な楽しさではなく、何も起きていない日常の中で続く幸福を考えるようになった。
その前提にあるのは健康ではないか。そう考えて食事、睡眠、運動を見直していくと、どう考えても断酒だけは避けて通れなかった。
これは、嗜好品を一つやめただけの話ではない。人との過ごし方や、人生の楽しみ方まで変える決断だった。
わたしにとって断酒は、そのくらい大きな選択だった。
借金と無職生活の圧力を、酒でごまかしていた時期がある。
飲んでいる間だけは楽だった。しかし翌日は判断力も行動力も落ち、外へ出る時間も遅れた。できなかった自分を見て、また自分が嫌になる。
現在は、疲れていても決めた時間になれば外へ出る生活をしているが、酒が残っているとそれができなくなる。
だから断酒は、立派な人間になるための禁欲ではなく、翌日の自分を使いものにならなくしないための現実的な選択である。
最近は、酒が飲みたくなる時点で、今の生活から一度逃げたくなっているのだと分かるようになった。
酒を我慢するより先に、なぜ今日に満足できなくなっているのかを見る方が、わたしには合っている。
この話は、別の記事に詳しく書いた。
2.1日1食
何をしているか:固形物を食べるのは基本的に一日一回で、肉を中心に必要な量をまとめて食べる。
長時間動いている途中で何度も食事をすると、そのたびに仕事の流れが切れ、食後に身体が重くなって、もう一度外へ出るのが面倒になる。
わたしにとって問題なのは、食べることより、その後に再開することだった。
一日一食なら、その面倒は一度で済む。これは健康法として万人に勧めたいわけではなく、現在のわたしの稼働と身体には、この回数が合っているという話である。
3.肉を中心に食べる
何をしているか:糖質を減らし、肉を中心に食べる。
糖質の多い食事をした後は、わたしの場合、身体が重くなりやすい。「仕事以外の時間は自由」と決めても、その自由を寝転がることだけで使い切ってしまう。
身体は放っておけば、気持ちよく怠惰な方へ転がっていく。
肉を中心にするとその落差が小さい。思想として肉を崇拝しているわけではなく、翌日も動けるか、食後に何が起きるかを見た結果、今はこの形に落ち着いている。
4.ブロック肉を低温調理する
何をしているか:業務スーパーで買った「100グラム100円」みたいなのブロック肉を、ヨーグルトメーカーでまとめて低温調理する。わたしが配達している間に機械が調理してくれるので、帰宅後は切って食べるだけである。
六つの習慣の中でもっとも大きな発見はこれだった。
油は跳ねず、部屋に匂いもほとんど残らないうえ、フライパンもコンロも使わないので洗い物も少ない。帰宅してから料理を始める必要がなく、すぐに食べられる。
そして何より、安い肉が普通にうまい。
焼いた肉を食べていた頃より、わたしの体感では腹への負担が軽く、翌日の回復にも違いがある。
食事法を二十年ほど試してきたが、今回の変化は緩やかな改善ではなく、はっきりと段差を感じるものだった。
手応えが大きすぎて、「調子に乗るな」と自分にブレーキをかけたくなる瞬間さえあり、期待よりも先に少し怖さを感じたくらいだ。
非電動のママチャリから電動アシスト付自転車へのバージョンアップも検討していたが、それも必要なくなるかも?と、そんな予感があった。
もちろん、まだ短期間の観測なので、この感覚が一時的な高揚で終わるのか、新しい普通として定着するのかは分からない。後から大げさだったと笑うかもしれないが、今は本当にそう感じているので、そのまま記録しておく。
5.36時間発酵させたヨーグルト
何をしているか:同じヨーグルトメーカーを使い、36時間発酵させた自家製ヨーグルトを常備して食べる。
長時間発酵によって乳酸菌が増え、乳糖もより分解されるとされている。ただし、わたしが菌の数を測っているわけではない。
ここで書けるのは、肉中心の食生活と組み合わせたときに腹の調子が安定し、翌日の疲れも以前より軽いと感じている、というところまでである。
低温調理の肉と発酵ヨーグルトを、同じ種類の小さな機械で作れる。この単純さが、毎日の生活ではかなり大きい。
6.13時間の枠で身体を動かす
何をしているか:フードデリバリーという形で、一日のうち13時間を稼働の枠として取り、その中で身体を動かす。
わたしの場合、肥大化した自我を黙らせる最も確実な方法は、身体を使うことだった。
頭の中で不安や焦りを処理しようとしても同じ場所をぐるぐる回るが、身体を十分に使った後には、それまで重大に思えていたことが驚くほどどうでもよくなっている。
倉庫や清掃の仕事を終えた後、なんとも言えない幸福感が身体を突き抜けたことがある。
なんだ、これでよかったんだ……。
大成功したわけでも、問題が解決したわけでもない。ただ一日働き、腹が減り、飯がうまかった。それだけで、その日の人生が一度完結した。現在はフードデリバリーという自由度の高い仕事で、その感覚をもう一度作ろうとしている。
六つを組み合わせると、身体が先に動き始める
断酒、1日1食、肉中心の食事、低温調理、発酵ヨーグルト、肉体労働は、どれも単体なら地味な習慣にすぎない。だが、酒で翌日を潰さず、食事で一日の流れを何度も切らず、帰宅後の調理を機械へ任せ、最後に身体を十分に使うことで、不安や焦りを考え続けにくくなる。
その結果、以前よりも決めた時間にそのまま外へ出られるようになった。意志が強くなったわけではなく、動ける条件が揃っただけである。
今日働き、身体を動かし、飯を食い、その日に書けることを書いたなら、その一日だけで人生は一度完結している。成功するまで幸福を待つ必要はない。借金を完済するまで安心できないなんて、ごめんだ。
仕事や住む場所が変わっても続けられる
ふと思ったのが、この六つの組み合わせによる健康管理にはまた別のメリットがある。
それは、これなら「同じ食事と生活リズムを、別の仕事や別の土地でも続けられる」ということ。
特に大きいのが、低温調理と発酵をヨーグルトメーカー1台で完結できることだ。煙も匂いもほとんど出ず、フライパンもコンロも換気扇も使わない。
肉とヨーグルトを仕込み、まな板と包丁で切って食べるだけである。
ここで強調したいのは、これはキッチンがない環境で仕方なく使う代替案ではないということだ。つまり妥協がないということ。
今現在は普通のワンルームマンションに住んでおり、普通にキッチンがあるわけだが、そこでやっていることと同じことが大抵同じレベルで再現できる。
例えば、期間工などの住み込み寮へ移ったとしても、自室にヨーグルトメーカーを置けばやることは変わらない。
キッチンの有無に合わせて食生活を変えたり、質を落としたりする必要がない。これは大きい。
フードデリバリーを続けられなくなった場合も決めている
フードデリバリーは、諦めがつくまでやり込むつもりだが、それでも成立しないなら、雇われに戻って、生きるために何でもやる。期間工でも、倉庫の仕分けでも、ラブホテルの清掃でも、「体を動かす」という条件さえ満たしているのなら業種は選ばない。
かつては「刑務所のような生活が始まる」と感じ、期間工を避けた。その経緯はEpisode 1に書いた。だが、フーデリをやり切ったうえで覚悟を決めて行くなら、同じ仕事でも意味は変わる。住み込み寮に入ることになれば、新しい環境でこの生活を再現していく過程が、そのまま次の記録になる。
そして、こういう感じで最悪の場合に何をするかが決まっていれば、フーデリの現場で必要以上に怯えなくて済む。
アルゴリズムに媚びる必要も、評価にビクビクする必要も、客や店舗に下手に出る必要もない。
もちろん仕事を雑にするという意味ではなく、やるべきことはやるが、アカウント停止を恐れて、評価や客の反応を必要以上に気にしながら走る必要はなくなる。
海外でも同じ食生活を続けられる
デジタルノマドという生き方を最終的な目標にしながら、以前から一つだけ引っかかっていたことがある。移動先で、今の食生活を維持できないのではないかという問題だ。
見知らぬキッチンや、そもそもキッチンのない宿、使い慣れない調理器具に合わせていては、食事を重視するほど移動のたびに生活の質を落とすことになる。
移動するたびに体調を崩すなら、場所を自由に選べても、わたしが望む生活にはならない。
しかし、低温調理を始め、ヨーグルトメーカーだけで今の食事を再現できるようになると、この問題はなくなった。
ヨーグルトメーカーを持っていけば、ホテルでもシェアハウスでも今と同じ食事を作れるため、住み込み寮で成立する形がそのまま海外にもつながっている。
その場所に最低限のものが揃うスーパーやローカル市場でもあれば、即再現可能だ。
これは単なる調理の効率化ではない。場所を変えながら生きるという計画が、初めて身体の面からも現実的になったということだ。
まだ完成した健康法ではない
ここに書いたのは、成功した後から整えた健康法ではない。借金があり、非電動のママチャリで走り、試している途中の記録である。
今後、続かなかったものや、思ったほど効果がなかったものも出てくるかもしれないが、その場合もきれいな成功物語へ直さず、失敗した経過までそのまま残す。
結果が出る前から記録することが、このブログでやろうとしていることである。
この生活を、なぜ成功の一部と考えているのかは、「成功しても不幸なら、それは失敗だ。わたしが考える『成功』の条件」に書いている。